大判例

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福岡家庭裁判所 事件番号不詳 判決

本籍 大牢田市銀水字吉田千八十五番地

住居 福岡市住吉千六百四十四番地

特殊飮食店

井形シゲノ

明治四十年三月二十五日生

右に対する兒童福祉法違反被告事件について審理の上左の通り判決する

主文

被告人を罰金一万五千円に処する

右罰金を完納することが出来ないときは金二百円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する

訴訟費用は被告人の負担とする

理由

一、罪となるべき事実

被告人は肩書住居で特殊料飮店を営んでいる者であるが斯る業者が淫行を業とする婦女子を従業婦として雇入れ又は住み込ましめるときには先ず戸籍或は配給関係に関する書類或は之に準じて公信力のある書面によるかその他合理的な調査要領によつて該婦女子が客観的に児童でないことを積極的に且つ適切に調査すべき業務上の特別注意義務があるにもかかわらず漫然この注意義務を怠り

第一、昭和二十七年十月十五日頃児童である小○○○子(昭和十年一月二十九日生)を従業婦として雇入れ同女をして同日頃から同年十一月七日頃までの間同所で男客と約十五回に亘り淫行をなさしめ

第二、同二十七年九月十八日頃児童である古○○○ヱ(昭和十年一月十七日生)を従業婦として雇入れ同人をして同日頃から同年十月十三日頃までの間同所に於て男客と約十七回に亘り淫行をなさしめ

以て夫々児童をして淫行をさせる行為をなしたものである

二、証拠の標目を列記する。

1、小○○○子の司法巡査に対する供述調書

2、同人の検察官に対する供述調書

3、古○○○ヱの司法巡査に対する供述調書

4、小○○○子の住民票記載事項証明書謄本

5、古○○○ヱの戸籍抄本寫真

6、被告人の司法警察員に対する第一、二回各供述調書

7、同人の検察官に対する供述調書(第一、二回)

三、法律の適用

法律に照すに被告人の判示所為は夫々児童福祉法第六十条第一項第三項罰金等臨時措置法第二条に各該当するところ右は刑法第四十五条の併合罪の関係にあるから所定刑中孰れも罰金刑を選択し同法第四十八条第二項に則り法定の合算額の範囲内に於て被告人を罰金一万五千円に処すべく右罰金を完納出来ないときは刑法第十八条で主文の如き労役場留置の換刑処分を予告し訴訟費用は刑事訴訟法第百八十一条に則り被告人の負担とする

仍て主文の通り判決する

検察官原正立会

因に弁護人は児童福祉法第六十条第三項但書を主張して被告人は本件被害者両名が児童であつたことについてその年齢の不認識について何等過失の責むべきものが認められないからという理由で無罪を主張しているので右弁護人の主張する無過失理論に対し当裁判所としての法理論を記述する。

成程本判決に列挙した各証拠を綜合すると被告人が判示両児童を従業婦として雇入れる際被告人は両人等やその前雇主仲介人等より右両名の年齢が満十八歳に達していた事を告知され之を措信して雇入れた事及びそれ以上積極的に公信的な調査方法は何等施してない事などを肯認することが出来る、従つて本件の証拠関係からは被告人は右両名を雇入れるに際しその年齢が非児童であるという主観的認識の確信を抱いていたものであると謂うことは確に認定することができる。

さてそれでは同条項の但書に所謂児童の年齢を知らないことの理由について過失がないという所謂過失の有無を判断する法律上の注意義務の基準は一体如何なるものであろうか、換言すれば同法条は児童を使用する業者にその年齢認識の注意義務の内容として如何なる調査判断の措置を要求しているものであろうか。

そもそもこの同条第三項の但書に所謂過失責任理論については今日まで最高裁判所の判例はなく亦法理的な解釈上の通説も確立していない、従つてその過失責任理論は須べからく児童福祉法の立法理念にその合理性を求めなければならない。

児童福祉法はその一般的な立法原理としてすべての国民に対しその道義的な社会責任として児童が心身ともに健かに育成さるように努むべき義務を課し又すべての児童はひとしく生活を保障され愛護される権利が与えられている。即ちすべての児童は心身の発達を社会的に健全適切に育成されその幸福を増進しその福祉を確保されるように保護されている、そして同法第三十四条では国民は何人も児童の心身の健全生活に支障を来すような有害な亦その危険を伴う虞のあるような種々の生活状態に陷らしむる行為をなすことを禁じこの禁止命令に違反する国民に対しては第六十条で刑罰制裁を科してその違反を予防している。

しかして同条第一項第六号には十八歳未満の児童には淫行をさせてはならない事を明記している、この十八歳未満という児童の自然年齢は客観的且つ絶対的な事実観念である、従つて仮にこの種児童を使用するものが客観的な児童を諸種の主観的に観察した立場から非児童であると誤認して雇入れること即ち十八歳以上の成人と確信して淫行をなさしめた場合でもかく信ずることについて過失のみるべきものがある限り同法第六十条第一項の故意責任を免ることは出来ない、つまり児童たるの年齢不認識の原因が使用者の何等かの過失に基因してその結果児童に淫行をなさしめるに到つてもその責任は児童たるの年齢を認識して淫行をなさしめた故意責任に準じて刑罰制裁を科せられているという観念である、之は一般刑法理論に於ける犯意の観念について事実性の認識に関する錯誤についての例外規定として児童福祉法第三十四条列記の犯罪に関する限り十五歳未満竝に児童たるの年齢不知という事実性の不認識は故意責任を阻却しないものである、この観念を私は刑法理論の講学上準故意と指称している。

しかしながら同法第六十条は児童の年齢不知の錯誤について絶対的な無過失責任論即ち不可抗力責任までを使用者に負わしているものではない、若し使用者に年齢不知の錯誤について客観的に過失の責むべきものがない限り例外として過失責任は勿論の事同法条の準故意責任を認むべきでないという立法趣旨である、従つて同法は苟もその年齢不知の錯誤について使用者に一応の責むべき過失の認められる限り故意責任に準ずる刑事責任を是認して一般国民をして児童の福祉に有害かつ危険な行為をなさしめず以て広く児童の健全福祉を保障したものである、これは民主憲法に於ける文化的社会福祉の政策理念が児童の基本的人権の尊重に強く反映した特別規定である、それでは本条に所謂児童の年齢不知についての過失の有無の法律上の基準について如何なる理論構成をなすべきであろうか換言すれば法律は児童を使用するものに対してはその年齢認識について如何なる範囲の調査義務を要求しているものであろうか。

労働基準法は十八歳未満の年少労務者の心身の健全発達とその福祉をはかるためその労働厚生保護対策として同法第五十六条以下数条を以て児童を社会的な正常業務に使用する場合ですら使用者は当該児童の年齢証明書を事業場に備え付くることなどの特別業務が課せられ之に違反するときは刑事制裁が加えられている、このように苟も児童を雇用するものは仮に児童の心身の発達に健全な正当職種に使用する場合ですらその客観的な年齢判断については周到かつ適切な具体的の自然年齢について適格な調査をなすべき義務が要求されている、ましてや特殊料飮店などの如き児童の心身の発達上その健全福祉や保護育成の見地から見て保護衛生上又は風教上絶対的に危険性や有害な淫行を業として行わしむる所謂不健全ないかがわしい場屋取引の業態や施設環境内に婦女子を雇入れ又は住み込ます様な場合には往々にして児童福祉法第三十四条第一項第六号に規定された児童を誤つて受入れる危険や機会がなおさら多いものである、従つてその自然年齢の調査判断については一層格段高度の調査を必要とするものである。

しかも同号の違反行為に対しては法律は相当の重罰をもつて望んでいる趣旨からして亦かかる児童の不用意のうちに受け入れる危険性やチャンスの多いこの種業者としては不用意にも誤つて児童をして自己の営業施設内で淫行生活関係を結ぶようなことのない様に万全の措置を講ずるためその客観的な自然年齢の調査判断については世間一般の普通人以上の注意義務即ち業務上の特別義務が課せられているものと解せられる、従つてその年齢判断の調査要領については可能な範囲内で周到適切な方法を以て客観的な調査を行うべき法律上の特別義務を負うものと謂うことができる。

それではこの年齢認識について課せられた特別調査義務の一般的基準は如何なる内容の水準に一線をかくすべきであろうか、この業務上の特別注意義務の内容を決定するためには所謂特殊料飮店を始め風俗営業関係の特異性という事態を分析して議論を進めなければならない。

即ち先ず吾々の一般常識通念として特殊料飮店を始め淫行を業とする花柳界営業など花街稼業に身を沈め常時酒色肉感をサービスの主生活とする婦女子というものは、その営業上の必要から又その職業環境のふん囲気の感化からしてその風貌容姿体格はその肉感的発育度に於て又情緒的な色香に於てその社会的生活年齢は自然年齢より二、三歳乃至四、五歳は年増にふけて見えるのが常態であると謂うべきである。

次に児童福祉法で十八歳未満の児童というものは淫行を業とする場屋営業には住み込んで生活することは厳に禁止されているという制度下に於ては淫行を業とする児童はその習性上自発的に又はその保護者と共に生活上の必要から合意でこの種場屋営業環境に住み込むことを余義なくされる場合には彼女達を始め保護者、周旋人達は人情の自然ではあるが脱法手段として故意にかつ政策的に児童の客観的自然年齢を殊更水増して禁止年齢の十八歳を超えた虚偽の年齢を使用者に積極的に表示して告知するというのがこの種業界の一般の取引上の遣り口である。

以上のような特殊事情から児童の使用者が彼女たちを雇入れ又は住み込ます場合に前記の如き一見児童の客観的自然年齢より年増に誤認されがちな所謂社会的にませた自然美や人工美の容貌風姿体格のみの皮相的姿を直感してその自然年齢を年増に推定判断したり又は単に彼女たちの一方的な水増年齢の自供保護者の住み込みに関する承諾書或は周旋人などの政策的な非児童と誤認せしむる様な年齢告知や之に吻合するために擅ままに作成された私文書など児童関係者の作為的な虚偽の年齢紹介に関する資料のみに依存し之を軽信して以て非児童であると確認して直に児童を雇入れるということは取引上頻発する現象である、そしてかかる現象こそ児童の客観的自然年齢を誤認してこの種児童を雇入れ以て淫行をなさしむる違法条件発生の根本原因をなしている、従つて雇入れに際してかかる一般にありふれた因習的な消極的受動的な調査要領のみで使用者が如何に主観的に児童の年齢が非児童であると確認していてもそれは結果的に使用者が自発的か又は主観的に児童の客観的自然年齢について錯誤に陷つているか或は児童側の主唱する虚偽年齢の告知に欺罔されて年齢不知の錯誤に陷つた被害者となつているものである、そしてかかる調査要領のみでは児童福祉法が児童の使用者に要求している年齢認識の特別注意義務を完全に履行しているものと謂うことは到底認むることが出来ない、従つて同法の要求する児童の年齢を知らなかつた原因について非児童であると信ずるにつき過失の責むべきものがなかりしものと判断するわけにはゆかない。

若し前記の如き受動的な消極的な範囲の調査要領のみで使用者に児童の年齢の認識に錯誤があつた場合に之を無過失として同法条違反の責を免れ得るものとすれば前記の如き雇入条件の特殊性から同法第三十四条第一項第六号の違反事件はその殆んどが無過失と認定され結果的には無過失免責規定の適用範囲は著しく拡大されることとなりひいては結局故意犯と極く例外的な故意に準ずる重過失の事例のみがその刑責を問われることに止まることになつてしまう、かくては児童の福祉を増進し確保することを目的とした同法の立法精神は根本的に蹂躙される破目に陷りその立法目的は過半水泡に帰することになる。

如上のような見解から児童福祉法が児童の使用者に要求している児童の年齢認識の判断についての調査義務即ち法律上の特別注意義務の限界についてはその抽象的基準としては須べからく使用者としては雇入に際しこの種児童を含めた一般婦女子についてその風貌容姿体格やその情緒性から些くとも一見肉眼観察に於て二十五、六歳程度以下の婦女子についてはその主観的及び客観的な双方部面に亘りその外観年齢に相違して万一児童に非ざるやという懸念のもとにその自然年齢の真実発見のため最少限度に公信し得る程度に調査すべきものである、又その具体的調査要領の基準としては原則として前記婦女子に関する年齢証明の戸籍関係書類によるか又は之に代るものとして移動証明などに関する配給通帳或は学籍証明書その他これ等公文書に準ずる公信力ある書面や年齢の事実関係に関する万般事項等に準拠して現実に児童の客観的年齢の調査判断を行うべきものであると解する。

要するに法律は使用者に対し児童の年齢判断について所謂公信的調査という特別注意義務を要求しているものと解する。

従つて児童福祉法違反事件に於て児童の年齢認識のための注意要領についてこの所謂公信的調査を怠つた業者や使用者はその他に如何なる善意の確信を以て非児童と誤認してもその錯誤については過失なかりしものと認定することは出来ない、弁護人はこの点について法律は別に児童の年齢判断について戸籍その他の公文書の調査を要求していないからかかる公信的調査要領は法律上の義務でないと弁疏しているがかかる主張は営利本位の花柳界の取引の因習を無反省に援用するもので児童の基本的福祉を尊重する福祉社会の時代センスにうとい理論で採るに足らない。

以上の見解は当裁判所のつとに判例理論として堅持するところで(昭和二六、五、一六判決)その後の当庁の百数十件にのぼる判決理由にすべて引用され本件に準ずる事案について無過失を認定して無罪の判決を見た事件は一件もない、そしてこの判例理論は当庁としては将来も堅持すべき確信をもつている。

かかる法理論的見地から被告人が如上の如き公信的調査義務を実施した立証のない本件については弁護人の特意理論とする無過失の事由を以てその刑責を免責するわけにはゆかない、しかしながらこの過失の観念に関する法理論については当裁判所の独り舞台のセリフであつて控訴審や上告審級に於ける法律的見解は亦自ら別異のものがあると解するに一縷の望みなきにしもあらずであり当裁判所としても亦早急に最高裁の判例の新設を鶴首すること久しいものがあるから検察官、被告人及び弁護人に対し本判決について必要的に控訴申立をなすことを強く薦めて止まない、猶お控訴審に於ける控訴棄却の当事者に対しては進んで再度上告申立を要望して止まない。

(裁判官 藤巻三郎)

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